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熊本地方裁判所 昭和60年(ワ)447号 判決 1990年1月18日

原告

北口信廣

北口秀光

北口千代女

右原告ら訴訟代理人弁護士

野口敏夫

被告

山本美男

山本清春

右被告ら訴訟代理人弁護士

増永忍

右被告ら訴訟復代理人弁護士

高野正晴

主文

一  被告らは、連帯して、原告北口信廣に対し、金二九〇七万七三四八円、原告北口秀光及び同北口千代女に対しそれぞれ各金一〇〇万円、並びに昭和五七年七月一日から支払ずみまで右各金員に対する年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告北口信廣と被告らとの間で生じた部分はこれを二分し、その一を同原告の、その一を被告らの負担とし、原告北口秀光及び同北口千代女と被告らとの間で生じた部分は、これを一〇分し、その九を同原告らの、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告北口信廣に対し、金五八九七万七三四七円及びこれに対する昭和五七年七月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自原告北口秀光及び同北口千代女に対し各金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

原告北口信廣(以下「原告信廣」ともいう)は、原告北口秀光(以下「原告秀光」ともいう)とその妻の原告北口千代女(以下「原告千代女」ともいう)間の三男であるが、昭和五六年六月頃山本産業の屋号で土木建築業を営む被告らに雇用され、その後、昭和五六年一〇月二四日、有限会社城山建設(以下「訴外会社」という)が設立されたのに伴い右訴外会社に雇用された。

被告山本美男(以下「被告美男」という)は、訴外会社の代表取締役であったものであり、被告山本清春(以下「被告清春」という)は、被告美男の父親であり、かつ、訴外会社の取締役であったものである。

訴外会社は、土木建築業を営なんでいた会社であるが、昭和五八年二月一五日社員総会の決議により解散し、同年四月二〇日清算を結了したものとして同年五月四日清算結了の登記がなされている。

2  事故の発生

(一) 日時

昭和五七年六月三〇日午前八時三〇分頃

(二) 場所

熊本県下益城郡城南町大字東阿高一三九三番地先の県道熊本松橋線付近所在の訴外会社造成工事現場

(三) 態様

原告信廣は、バックホー(クボタ全旋回ミニバックホーKH―一一H、機体重量2.9トン、以下「本件バックホー」ともいう)を操作し、同バックホーのアームとバケットの継ぎ手付近にある三個のピンを直線で結ぶ線に囲まれた三角形の空白部分(以下「三角形空白部分」ともいう)にワイヤーを通し、このワイヤーの先に高圧コンクリート製U字溝(重量約三五〇キログラム、長さ二メートル、以下「本件U字溝」ともいう)を引掛けて吊り上げ移動させる作業(以下「本件作業」ともいう)に従事中、均衡を失って横転した同バックホーの下敷きとなって、傷害を被ったものである。

即ち、原告信廣はU字溝敷設予定現場までU字溝を移動させる前段階として、造成工事区域内の通路上まで運ばれて一時置かれている三本のU字溝を、約1.3メートル高い上の通路に移動させるために、当該下の通路と上の通路を結ぶ傾斜面の通路上に前部を下の通路の方に向けて本件バックホーを停止させ、下の通路上から上の通路上に左旋回でU字溝を吊り上げたアームを移動させ、二本のU字溝の移動を終え、さらに、同様に左旋回で三本目のU字溝を吊り上げたアームを移動させていた途中、突然同バックホーが左方に横転したものである。

本件バックホーが左方に横転した状況については、同バックホーを停止させていた位置が地盤のゆるい傾斜面上の通路であった上、三角形空白部分にワイヤーを通して同バックホーにしては重量のありすぎる本件U字溝をワイヤーで吊り上げる方法によりアームを旋回させたために、同バックホーが突然均衡を失って左方に横転し始め、危険を察した原告信廣がとっさに同バックホーの運転席から地面に飛び下りたが避けえず、横転して来た同バックホーを腰から後頭部にかけて受け、同バックホーの下敷きになって傷害を受けたものである。

3  責任原因

(一) 債務不履行責任

(1) 使用者である訴外会社は原告信廣との雇用契約に基づき、原告信廣に対し、労働災害の防止に留意し、その就労中の身体生命に危険を生ぜしめないよう配慮すべき安全保証義務を負担していた。

すなわち、訴外会社においては、バックホーの転倒又は転落による労働者の危険を防止するため、本件バックホーの運転業務及びワイヤー掛け(玉かけ)業務に従事する労働者に対し特別教育を施すことが必要であり(労働安全衛生規則第三五条、第三六条)、また本件バックホーを主たる用途以外に使用すべきではなく(労働安全衛生規則第一六四条)、さらに本件事故現場は地盤がゆるく傾斜地であったから危険防止に必要な措置を講じ、誘導者を配置すべきであった。

しかるに、訴外会社は、これらの義務を全く怠ったまま、原告信廣に対し、漫然と本件バックホーによるU字溝の吊り上げ移動作業を命じた。したがって、訴外会社には本件事故につき使用者の雇用契約上の安全保証義務を怠った責任がある。

(2) 訴外会社は、本件事故後解散を理由に清算結了登記をなしているが、訴外会社はその実質が被告ら両名の全くの個人企業であって、法人格は全くの形骸に過ぎず、実際上は訴外会社すなわち被告らである。

(3) よって、被告らには本件事故につき使用者の雇用契約上の安全保証義務を怠った責任がある。

(二) 不法行為責任

被告らは、原告信廣に対し、職務上の命令により、前記(一)(1)のとおり、地盤がゆるく傾斜地である危険な本件事故現場において本件バックホーを主たる用途以外のU字溝の吊り上げ移動作業に使用させ、もって、共同の不法行為により本件事故を生ぜしめたものであり、共同不法行為責任を負う。

(三) 取締役の第三者に対する責任

被告らは、いずれも訴外会社の取締役であったが、前記のとおり使用者の労働者に対する安全保証義務を、取締役として履行すべき任務が存したにもかかわらず、重大な過失によりこれを怠ったものであるから、被告らは原告らに対し有限会社法三〇条の三第一項により連帯して損害賠償責任がある。

4  損害

(一) 原告信廣は、右事故により、第一二胸椎圧迫骨折(脊髄損傷)、仙骨部褥創瘢痕、神径因性膀胱等の傷害を受け、熊本市段山本町四番三八号済生会熊本病院に事故当日の昭和五七年六月三〇日から昭和五九年二月六日まで五八七日間入院し、上益城郡嘉島町鯰一八八〇番地回生会病院に昭和五九年二月六日から昭和六〇年九月一八日まで五九一日間入院し、昭和六〇年九月二四日から同年一一月二九日までのうち一一日通院し、右傷害に起因する左坐骨部褥創治療のため回生会病院に昭和六〇年一二月二日から昭和六一年二月二八日まで八九日間入院し、右傷害に起因する右坐骨部褥創治療のため昭和六二年二月一九日、熊本市湖東一丁目一番六〇号熊本市立熊本市民病院に通院し、同じく右坐骨部褥創治療(手術)のため熊本市御幸笛田町五九〇熊本循環器科病院に昭和六二年二月二〇日から同年三月一一日まで二〇日間入院し、同じく右坐骨部褥創治療のため熊本市民病院に昭和六二年三月一一日から同年四月二八日まで四九日間入院し、さらに回復の可能性のない両下肢機能全廃の後遺症が生じ、昭和五九年二月一〇日熊本県から身体障害者福祉法による第一種一級の身体障害者手帳の交付を受けた。

(二) 原告信廣の損害

(1) 入院雑費 一三三万四〇〇〇円

昭和五七年六月三〇日から昭和五九年二月六日までの入院期間五八七日、昭和五九年二月六日から昭和六〇年九月一八日までの入院期間五九一日のうちの五九〇日、昭和六〇年一二月二日から昭和六一年二月二八日までの入院期間八九日、昭和六二年二月二〇日から同年三月一一日までの入院期間二〇日及び昭和六二年三月一一日から同年四月二八日までの入院期間四九日間のうちの四八日の合計入院期間一三三四日間について、一日一〇〇〇円として計算した額である。

(2) 入院付添介助費 七四万円

近親者である原告千代女が、昭和五七年六月三〇日から同年一二月三一日までの一八五日間の入院期間中、原告信廣の付添介助をした。

付添介助費は一日あたり四〇〇〇円が相当である。

4000×185=740000

(3) 車椅子購入費 二八八万円

車椅子の価額は一台につき一二万円であり、車椅子の使用可能年数(償却期間)は二年であるところ、原告信廣は昭和三二年九月二三日生まれの男子であって、同人の平均余命は48.57年であるから、生涯の車椅子の必要台数は平均余命を使用可能年数で除した二四台となるから、車椅子購入費は二八八万円である。

120000×24=2880000

(4) 身体障害者居住用住宅建設費六九三万三五四二円

原告信廣の現住居を身体障害者居住用に改造することは極めて困難であることから、別途、新築(昭和六〇年六月着工、同年八月下旬完成)したところ、建築費として、六九三万三五四二円を要した。

(5) 休業損害 二九三万三三三三円

原告信廣は、一ケ月一六万円の月給を受けていたのでこれを基準に昭和五七年六月三〇日から昭和五八年一二月三一日までの五五〇日間の休業損害を算定したものである(円未満切捨)。

160000×1/30×550=2933333

(6) 労働能力喪失による逸失利益四二一八万三一六八円

前記後遺症の程度によると、原告信廣は、症状がほぼ固定した昭和五九年一月一日当時の二六才から就労可能の六七才までの四一年間、労働能力の一〇〇パーセントを喪失したので、同人の労働能力喪失による逸失利益を年別のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本訴提起時の原価を算定すると、金四二一八万三一六八円(円未満切り捨て)となる。

160000×12×21.9704=42183168

(7) 慰謝料 二五〇〇万円

原告信廣は本件事故により長期の入院を余儀なくされ、かつ前記後遺症を受けたので慰謝料として金二五〇〇万円が相当である。

以上合計 八二〇〇万四〇四三円

(8) 損害の填補

治療費は労災保険から支給されたので、本訴では請求せず、このほか原告信廣は労災保険から休業補償費及び休業特別支給金として二二八万二六三一円、労災保険年金及び傷病特別支給金として九七〇万四八二三円の合計一一九八万七四五四円の給付を受けた。

(三) 原告秀光、同千代女の損害

両下肢機能全廃の原告信廣を抱えた両親である原告秀光、同千代女の精神的苦痛に対する慰謝料としては各金一〇〇〇万円が相当である。

5  結論

よって、原告信廣は、被告らに対し、各自未填補損害額金七〇〇一万六五八九円の損害賠償請求権を有するが、本訴においてはその内、金五八九七万七三四七円およびこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五七年七月一日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告秀光および原告千代女は、被告らに対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五七年七月一日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1項の事実は認める。

2  第2項の事実のうち(一)及び(二)の事実は認める。

3  第2項(三)の事実のうち、原告信廣がその日時場所において本件バックホーを横転させ、その下敷きになって傷害を負ったことは認める。

同(三)事実のうち造成工事区域内の通路上まで運ばれて一時置かれている三本のU字溝を約1.3メートル高い上の通路に移動させるために、当該下の通路と上の通路とを結ぶ傾斜面上の通路上に前部を下の通路の方に向けて本件バックホーを停止させ、下の通路上に前部を下の通路の方に向けて同バックホーを停止させ、下の通路上から上の通路上に左旋回でU字溝を吊り上げたアームを移動させ、二本のU字溝の移動を終え、さらに同様に左旋回で三本目のU字溝を吊り上げたアームを移動させた、という事実は否認する。

すなわち本件バックホーの最大登坂能力は三〇度であり、しかも掘削機械であるため吊り上げる力は弱いのに重さ三〇〇キログラムのU字溝を吊り上げて最大登坂能力に近い能力を発揮させるのは不可能である。

加えて、本件バックホーに長さ約二メートルのワイヤーを三角形空白部分に通して、長さ五〇センチメートルの鉄筋を高さ六〇センチメートルのU字溝の穴に差し込み、約二メートル高い点に吊り上げることは、右三角形の空白部分からU字溝の底まで約二メートルとなるから同バックホーの最大ダンプ高さが二四六五ミリメートルであることを考慮すると、これを約二メートル吊り上げることは不可能である。

同(三)のその余の事実は不知。

4  第3項の(一)の事実のうち、一般的に使用者がその雇用する労働者に対し安全保証義務を負うことは認める。

しかし、本件において具体的安全保証義務が使用者たる訴外会社にあるという点については否認する。

すなわち、本件において原告信廣は本件バックホーの運転免許を有せず、それを運転することは禁じられているのであるから訴外会社には具体的安全保証義務はない。

又、同(一)の事実のうち、訴外会社すなわち被告ら両名である、との事実については否認する。

訴外会社は昭和五八年二月一五日解散同年四月二〇日清算結了により閉鎖しているが、その存続中は法人としての形式も実体も備えており、法人格を否定さるべきいわれはない。

第3項の(二)の事実は否認する。

訴外会社が本件において職務上の命令により本件バックホーを運転させたわけではない。

第3項の(三)の事実は否認する。

前記のとおり、本件につき訴外会社に安全保証義務違反はない。

5  第4項のうち(一)の事実は不知。

(二)の(1)の事実は不知。但し入院雑費は一日あたり七〇〇円が相当である。

(二)の(2)の事実は不知。但し付添介助料は一日あたり三三〇〇円が相当である。

(二)の(3)ないし(5)の事実は不知。

(二)の(6)の事実は不知。なお原告信廣は昭和六一年五月六日から希望の里ホンダにおいて稼働し、一日あたり三五〇〇円の収入を得ており、実質的に一〇〇パーセントの労働能力喪失とはいえない。

(二)の(7)の事実は不知。

(二)の(8)の事実は認める。

(三)は争う。

6  第5項は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

原告信廣には、左記事項その他本件事故の惹起につき重大な過失があるので、被告らの責任についてはこれを斟酌すべきである。

(一) 原告信廣は被告美男に左官として雇用され、城山建設においても主として左官やトラックの運転に従事した。

(二) 被告美男は常々原告信廣にバックホーの運転を禁じており、原告信廣が被告美男の指示により仕事上バックホーを運転することはなかった。

(三) 原告信廣は一年に二、三回被告美男の目を盗んで暇なときにバックホーの練習をしていた。

(四) 被告美男は昭和五七年六月三〇日午前八時三〇分ころ右U字溝二本を本件バックホーで地面すれすれに吊り上げて敷設現場まで運び、三本目のU字溝を運ぼうとしたところ、事務所の電話が鳴ったために右事務所に入って電話を受けた。

ところが、原告信廣は被告美男のバックホーの運転を禁止する指示にもかかわらず、被告美男が電話中であることを奇貨として勝手に本件バックホーに乗り、U字溝を吊り上げて旋回させたために横転して傷害を負った。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因第2項(一)、(二)の事実、及び(三)の事実のうち原告信廣がその日時場所おいて本件バックホーを横転させ、その下敷きになって傷害を負ったことは、いずれも当事者間に争いがない。

3  事故の態様

<証拠>によれば、以下の各事実が認められ、同認定に反する被告美男の供述部分はその余の右各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

別紙図面(<証拠>)記載のA点に重さ約三〇〇キログラム長さ二メートル、高さ約六〇センチメートル幅約五〇センチメートルのU字溝が三本置いてあり、それを一本ずつ原告信廣が、本件バックホーを三〇メートル弱前進させて同図面記載のB点まで運んだ。

その後同図面記載の上の道と下の道(高低差数メートル)の中間部分(同図面記載のバックホーの位置、以下「坂道中間部分」ともいう)まで同バックホーで上がり、そこに同バックホーを停止させ、U字溝を吊り上げたバケットのアームを左旋回させながら引きづり上げるような形でU字溝をC点まで上げた。

U字溝をつり上げるときは、バケットのつぎ手付近にある三個のピンを直線で結んで出来る三角形の空白部分(三角形空白部分)の真ん中にワイヤーを通し、ワイヤーの先に先端が曲がった鉄筋を掛けU字溝の穴に通した。

同バックホーを停止させた地点である坂道中間部分には勾配があったので同バックホー前部の排土盤路上の岩石の上に乗せて同バックホーを水平にした状態にした。

坂道中間部分の土は埋め立ての土であり表層部分は幾分柔かめであった。

三本目のU字溝をつり上げて引きづり上げるような形で一五度位左旋回したときに同バックホーが横転した。

原告信廣は横転直前には同バックホーを操作しても安定を取り戻せない状態だったので危険を感じて左側に飛びおりたところ同バックホーの屋根の部分が原告の方に落ちてきた。

4 請求原因第3項(一)については、一般的に使用者がその雇用する労働者に対して安全保証義務を負うことは、被告らにおいてもこれを争わず、労働契約上使用者にはその雇用する労働者に対する安全保証義務があると解するのが相当である。

そこで、本件において訴外会社の具体的安全保証義務の負担の有無及びその懈怠の有無について判断する。

(一) <証拠>によれば、本件バックホーは、排土盤及びバケットを具備した主として掘削作業等に使用される機械重量二九九五キログラムの建設機械であり、排土盤やバケット等の操作を誤ればその作業の過程はもとより横転事故等を惹起することにより、当該機械周辺の人あるいは当該運転手に死傷等の傷害を負わせることが容易に予想できる建設機械であること、バックホーを運転するには兵庫労働基準局長指定教習機関である三菱重工業株式会社明石製作所研修センターの技能講習を受けて修了することを要すること、訴外会社は、土木工事の設計施工等を目的とし、本件バックホー及び同バックホーより約三倍の大きさの同じく掘削作業等に使用されるコンマスリーと呼称される建設機械等を所有して掘削等の作業を業としていたことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) しかして、右事実によれば、訴外会社としては、その雇用する原告信廣を含む労働者に対する安全保証義務として、前記技能講習の修了者以外の従業員に対しバックホーやコンマスリー等の建設機械の使用を厳重に禁止し、あるいは同技能講習の修了者が運転する場合であっても、当該建設機械の通常の用途に無理なく使用させるなど注意を尽くすべき義務があったというべきである。

(三) しかるに、<証拠>によれば、原告信廣は、本来左官を本職とし、前記講習を受講したこともなく、昭和五六年七月ころ訴外会社の前身で被告美男が経営する山本産業に勤務したが、同店に勤務する前はもとより勤務してからもバックホーの運転業務に従事したことはないこと、同年一〇月二四日に同店を引き継いで訴外会社が設立され、同原告も引続き同会社に勤務するようになったが、同会社でバックホーの運転業務に従事していた椿護が欠勤がちであったことから、同会社の代表取締役である被告美男は同原告にバックホーやコンマスリー等の建設機械の運転を教えて練習させ、同原告において平均して月に一、二回の割合でバックホーやコンマスリーを運転して泥運びや積み降ろし等の作業に従事していたこと、U字溝の重量及び大きさからして、コンマスリーで運搬するのはともかく、本件バックホーで運搬するには無理があること、まして、本件バックホーの本件三角形空白部分にワイヤーでU字溝を吊り上げたままあるいはこれを引きづったままバケットを旋回させることは、本件バックホーの横転事故の発生が予測されたこと、同原告は本件事故まで本件バックホーでU字溝の運搬業務に従事したことはなかったこと、同原告は、本件事故当日被告美男からU字溝の運搬業務を指示されたこと、同原告が右U字溝の運搬業務に従事している間同被告やバックホーの運転業務に従事する従業員の監督や援助は全くなかったことが認められ、同認定に反する<証拠>は右各証拠に照らして措信し難く、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

(四) しかして、右(三)の認定事実に照らせば、訴外会社は、原告信廣に対する安全保証義務を懈怠し、そのため本件事故が惹起したことが明らかである。

したがって、訴外会社には同原告に対する本件事故に基づく損害を賠償すべき義務があるというべきである(過失相殺及び法人格否認についてはしばらく措く)。

5 法人格否認について

(一) 訴外会社はその実質が被告らの個人企業であって法人格は全くの形骸にすぎないか否かについて判断するに、<証拠>によれば、以下の各事実が認められ、同認定に反する被告両名の各供述部分はその余の右各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  被告清春は被告美男の父親であって、被告両名は、被告美男が主となって、山本産業の屋号で土木工事の設計施工を主たる業務として営んでいた(設立者は被告清春)が、同店を会社組織にすべく、昭和五六年一〇月二四日、被告美男が代表取締役、被告清春、被告美男の妻千鶴子、被告清春の内縁の妻奥村ヨシエを取締役として、右土木工事の設計施工を主たる業務とする訴外会社を設立した。

(2)  訴外会社では、被告美男が主となって土木工事の設計施工を行ない、被告清春は同工事の受注や用地買収の交渉を、千鶴子は経理をそれぞれ主として担当した(被告清春は工事現場でも月に四、五回は仕事に従事していた)。

(3)  訴外会社の本店の所在地は、商業登記簿上熊本県下益城郡城南町大字東阿高四四七番地であり、これは被告清春の住所地であり、前記奥村ヨシエが経営している雀荘城山の所在地である。

また、訴外会社の事務所は、被告清春が他に営む金融業を目的とする山本商事の事務所と兼用されていた。

(4)  訴外会社が事務所内で使用していた二台の電話は、それぞれ被告美男と被告清春の名義であった。

訴外会社で使用されていた建設機械は、山本産業が使用していたものがそのまま使用されており、訴外会社設立後購入した建設機械は被告清春の資金援助のもとに購入されたものである。

(5)  訴外会社は昭和五八年二月一五日社員総会の決議により解散したが、解散に至ったのは、同会社の収支の不調もあるものの、本件事故が発生して縁起が悪いとの被告らの意向が主たるものであり、清算人も被告清春の内縁の妻である前記奥村ヨシエが就任して清算事務を行い、同年四月二〇日清算を結了したものとして同年五月四日清算結了の登記を経たものである。

(6)  その後、訴外会社の解散日に接した昭和五八年九月二四日の会社成立前の社員総会を経て、そのころ有限会社城山開発(以下「城山開発」ともいう)が設立されたが、同会社の代表取締役は被告清春、取締役は奥村ヨシエ、山本千鶴子で、同会社の目的とする業務も訴外会社の業務とほぼ同一であり、建設機械類も訴外会社の建設機械をそのまま引き継いでいる。

(7)  訴外会社設立の際の実際の出資金は被告美男が全額出資しているが、被告清春においても少なくとも山本産業時代及び訴外会社時代にその運転資金として四〇〇万円(昭和五六年九月一日)及び三〇〇万円(昭和五七年一〇月一日)を負担した。

〔なお、被告美男から被告清春に対する右金額に相当する借用証書が存する<証拠>が、その返済時期及び返済方法が確定的に定められているとは認め難く(返済期日は定められているが、その履行が迫られた形跡はなく、また、元利金の返済ができない場合は重機車両にて返済いたしますとあるが、重機車両が特定されておらず、その評価方法等に特段の配慮がなされた形跡も窺えない。)、右借用証書の存在にもかかわらず、前記金員を単なる貸金とみるのは相当でない。〕

城山開発については、被告清春が二、前記奥村ヨシエ山本千鶴子が各一の割合で現実に出資している。

(二) しかして、右認定事実を前提に、訴外会社の前身である山本産業、訴外会社、同会社の後身である城山開発の法人格性について考慮するに、少なくとも訴外会社においては、被告両名の共同事業による個人企業であって、その法人格は形骸化しており、同会社と被告両名とは人格を同一にするものとみるのが相当である。

(三) そうすると、被告両名には、訴外会社が本件事故により原告らに与えた損害を賠償すべき義務があると認めるのが相当である。

6  損害

(一)  請求原因第4項の(一)の事実について判断するに、<証拠>によれば、同事実がすべて認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  原告信廣の損害

(1) 第4項の(二)の(1)の事実について判断するに、前記6(一)の認定事実によれば、入院期間は原告ら主張のとおりである。入院雑費としては一日一〇〇〇円を相当と認める。そうすると、合計入院期間一三三四日間の入院雑費としては一三三万四〇〇〇円が相当である。

(2) 請求原因第4項の(二)の(2)の事実について判断するに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告信廣の母の原告千代女が昭和五七年六月三〇日から同年一二月三一日までの一八五日間の入院期間中原告信廣の付添介助をしたことが認められ、同付添介助費としては、一日あたり四〇〇〇円を相当と認める。そうすると、右期間中の付添介助費としては七四万円が相当である。

(3) 請求原因第4項の(二)の(3)の事実について判断するに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告信廣にとって車椅子の使用は不可決であるところ、車椅子の価額は一台一二万円、車椅子の使用可能年数は二年であることが認められ、同人の平均余命は48.57年とみるのが相当である。そうすると、車椅子購入費としては二八八万円が相当である。

(4) 請求原因第4項の(二)の(4)の事実について判断するに、前記認定の原告信廣の後遺症の部位、程度に、<証拠>を総合すれば、本件事故当時、原告信廣は両親である原告秀光、原告千代女、原告信廣の実兄の北口重春及びその家族と共に約二〇坪(四DK)の実家に同居していたが、車椅子の生活となったため、玄関その他をスロープ化して、台所や風呂等も車椅子での使用が可能なように改善する必要があったが、右実家は手狭であり、また改築費用も相当の高額になることが予測できたことから、左官業の右北口重春が中心となって、昭和六〇年六月着工同年八月下旬完工で約21.5坪(四DK)の家を新築し、新築後同原告はその家に居住していることと、同建物新築費用として六九三万三五四二円を要したこと、同建物の所有権は同原告に帰属したことがそれぞれ認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして、右事実を前提とすれば、本件事故と相当因果関係にある損害としては、右新築に要した金額の半額三四六万六七七一円をもって相当と認められる。

(5) 請求原因第4項の(二)の(5)の事実について判断するに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告信廣は、本件事故当時、訴外会社から一ケ月一六万円の月給を受けていたことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。しかして、右事実からすれば、同原告の昭和五七年六月三〇日から昭和五八年一二月三一日までの五五〇日間の休業損害としては二九三万三三三三円が相当である。

(6) 請求原因第4項の(二)の(6)の事実について判断するに、<証拠>によれば、原告信廣の症状は、昭和五九年一月一日頃固定しており、その頃熊本県から労働能力喪失率一〇〇パーセントの障害等級第一級の認定を受け、同年二月一〇日付をもって同旨の身体障害者手帳の交付を受けたことが認められるが、他方<証拠>によれば、同原告は昭和六一年五月六日から松橋町にある希望の里ホンダに日給三五〇〇円で、月平均二五日勤務していることが認められる。

しかして、右各事実によれば、同原告の労働能力喪失による逸失利益は、原告ら主張の計算式に従い、左記のとおり二五三〇万九九〇〇円とみるのが相当である。

160000×12×21.9704×6/10=25309900

(7) 請求原因第4項の(二)の(7)の慰謝料について判断するに、前記原告信廣の入通院期間、後遺症の部位、程度等に徴すれば、同原告の入通院慰謝料としては三〇〇万円、後遺症慰謝料としては一九〇〇万円(合計二二〇〇万円)をもって相当と認める。

(8) 以上合計 五八六六万四〇〇四円

(9) 請求原因第4項の(二)の(8)の原告信廣が損害の填補として合計一一九八万七四五四円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。

(三)  原告秀光、同千代女の損害

弁論の全趣旨によれば、原告秀光は原告信廣の実父、同千代女は原告信廣の実母であることが認められ、同事実に前記認定の原告信廣の傷害の部位、程度等を併せ考慮すれば、原告秀光、同千代女の精神的苦痛に対する慰謝料としては、それぞれ各一〇〇万円が相当というべきである。

なお、訴外会社の原告信廣に対する前記安全保証義務違反は、原告秀光及び同千代女に対する不法行為を構成するものと認めるものである。

二抗弁について

前記一4の各認定及び判断に照らせば、被告ら主張の抗弁(一)ないし(四)の各事実は、これに副う証人山本勝利、同椿護、被告美男の各供述部分はいずれも前記一4掲記の各証拠に照らして措信し難く、他にこれを認むべき証拠はない。

しかしながら、前記一4の各認定にあるとおり、本件バックホーは、機械重量二九九五キログラムの建設機械であり、排土盤やバケット等の操作を誤れば、その作業の過程はもとより横転事故等を惹起することにより、当該機械周辺の人あるいは当該運転手に死傷等の傷害を負わせることが容易に予測できる機械であること、そのためバックホーの運転には一定の技能講習を受講し修了することを要すること、原告信廣は、本来左官を本職とし、右講習を受講したこともないこと、本件U字溝の重量及び大きさからして、コンマスリーで運搬するのはともかく、本件バックホーで運搬するには無理があったこと、まして、本件バックホーの本件三角形空白部分にワイヤーでU字溝を吊り上げたまま、あるいはこれを引きずったままバケットを旋回させることは、本件バックホーの横転事故の発生が予測されたこと、その他本件事故の態様等に鑑みれば、本件事故の発生については、原告信廣にも過失があり、同原告と訴外会社との過失割合は、同原告が三、訴外会社が七とみるのが相当である。

三結論

以上認定及び判断したところによれば、被告らは、原告信廣に対しては、前記安全保証義務違反として、同原告の損害の総額五八六六万四〇〇四円から三割の過失相殺をした四一〇六万四八〇二円から填補された一一九八万七四五四円を控除した二九〇七万七三四八円、原告秀光及び同千代女に対しては、不法行為として、それぞれ各一〇〇万円並びに右各金員に対する本件事故の翌日である昭和五七年七月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

よって原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、原告ら勝訴部分に関する仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官吉村俊一)

別紙<省略>

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